悠悠自適なオタク生活

好きなことやどうでもいいことを書き綴る、ジャンル崩壊の趣味ブログ。

「おじいちゃんは宇宙人」(③くださいました)

こんにちは、悠です。

今回は、「おじいちゃんは宇宙人」シリーズ第3弾、“くださいました”をお送りします。

第2弾はこちら。

banbi520.hatenablog.com


何を言ってるんだか、わけはわからないけれど、不思議とクセになります。

我が家の祖父の不思議なお話、今回もどうぞお楽しみください。

朝の身支度

我が家の94歳の祖父は、とにかくよく喋る。

一緒に過ごし始めたばかりの頃は、「バカヤロウ!」が口癖の、ヤンキーじいちゃんだった彼だが、トイレに「いつもありがとう」と書かれた貼り紙をしたり、ことあるごとに「手伝ってくれてありがとねー」とか言ったりしていたら、いつの間にか「いつもありがとう」が口癖になった。


(トイレの貼り紙。)


自分で言うのもなんだが、たぶんこれは私のおかげだと自負している。

暴言に耐えてよく頑張った、私。

何度もしつこく繰り返されるにしても、「バカヤロウ」よりは「ありがとう」のほうが平穏である。

他にも伝説的な口癖を生み出し続けている祖父だが、“後ろの正面だぁーれ?”に匹敵するのが、この、“くださいました”だ。


最近祖父は、デイサービスの日の朝の身支度にこだわっている。

をじっと見つめて、一言。

「狭いでくださいました、だなぁ…。」

…ん?なんて?

「見てくれ。これ。狭いでくださいましただろう?」

自分の右目を指さして繰り返される、“狭いでくださいました”という謎の言葉。


何が狭いの?洗面所?鏡?と困惑しつつ、彼の顔をしばらく見つめていたら、ようやくピンときた。

たぶん祖父は、左目に比べて、右目の縦幅が狭いことを気にしているのだ。


まず最初に思ったのは、「いや、その距離でそんなところまで見えるんかい!」ということ。
私より目が良さそうな94歳の祖父である。

次に思ったのは、「意外と見た目、気にしてるんだなぁ…」という点。

髪がボサボサだったら、くしできちんと梳かすし(一度洗面所に行くと、少なくとも6回は、くしを片手に髪を梳かします)、少量の水で髪を濡らして、手で撫でつけてセットすることもある。

だって気にするし、意外と細かい。


(熱心に爪を眺める祖父。)

勤続云十年、長く駅長として務めていたからか、身だしなみへのこだわりが強くて、そういうのって素敵だなと思った。


その後も、「なあ、これ見てくれ。しないでくださっただろう?えらいこったなぁ…。」などと、まったく意図が掴めないタイミングで、突然発動される“くださいました”に、困惑する日々を過ごしている。

いろいろな単語が、何故か“くださいました”に置き換わっていく現象が起こっていて、つられてこちらまで丁寧な言葉遣いになったりと、我が家ではカオスな光景が繰り広げられているのだった。


「いつもありがとう」のように、貼り紙があるわけでも、私が率先して使っていたわけでもないので、どこから登場したのかがわからず、謎は深まるばかりである。


穏やかな就寝前

祖父は、就寝前になると、ちょっと穏やかで可愛くなる

あるときは、テレビをじっと見たあと、「なぁこれ……珍百景だろう?」と自分の心臓を指さしてみたり。

またあるときは、芸人さんがバンジージャンプをする企画で、プロを凌駕するほどの大きな声で、最高のリアクションを見せたり。

さらに機嫌がいいときは、テレビの字幕を読んだりを歌ったり歌詞を朗読したりもする。

先日は、ジョン・レノンさんの『Imagine』(和訳詞)の朗読会が始まり、その穏やかな口調に思わず、聴き入ってしまった。

(ときどき、かなり独特な読み間違いをするので、思わず笑ってしまいました。いろいろ調べていくうちに、音読は脳に良いらしいと知ったので、積極的に読んでもらうようにしています。音読のエピソードもあるんですが、そちらはまた、別の機会に……。)


話が逸れてしまったが、就寝前にも、祖父は“くださいました”を多用する。

  • 「トイレに行かないでくださいました。」

(こう言いつつ、足は確実にトイレに向かっていて、結局トイレに行きます。)

  • 「ました!ええか!!」

“くださいました”の短縮形。使用頻度高め。)

  • 「でした!ました!」

“でした”もかなりの頻度で使います。おそらく本人は、気合いを入れるための掛け声的な使い方をしているような……。よいしょ!とかそういう言葉の代わりを担うときもあります。椅子から立つとき、布団を敷くときなど……シーンは様々です。)

  • 「なあ!あれ!しないでください……あー!ましただなぁ!!」

(テレビを見ていて、芸人さんが転んだり、身体を張っていたりすると、大体こうなります。ちなみに、「あー!」のところが最大音量です。)


もっとバリエーションは豊富だが、“くださいました”とその短縮形は、至るところで使われている。

最近は、“ました”“でした”“くださいました”のトーンや表情で、なんとなく言いたいことがわかるようになってきた。

最早、プロの域である。

祖母は今でも毎回、「意味がわからん!!」と律儀にキレているが、私が通訳できるようになったおかげで、多少は穏やかになった。


“くださいました”が発動されたときは、一応、「これは○○だよ」とか「トイレに行きたいの?行っておいで」とか「転んじゃって痛そうだね」とか、正しい言い回しで訂正はしているが、ほぼ聞いていない。

これからも、祖父が楽しく穏やかに生きていってくれたなら、私の介護負担がちょっとだけ減るので……祖父自身のためにも、私自身のためにも、“理解できない”“笑いに変える”スキルを磨いていきたいと思う。


最後に

今回は、“くださいました”ゲシュタルト崩壊を起こすような、不思議なお話でした。

言葉を忘れてしまったり間違えて変なことを言ってしまったりする姿を見るのは、正直言うと、寂しさもありますが。

本人は本人なりに思うところありつつも、1日1日を懸命に生きているので、私にできることは、それをサポートすることだと思って、日々過ごしています。


ただ、介護をする側も人間なので、相手が認知症だとわかっていても、しつこさに腹が立ったり、理不尽な態度にむかついて喧嘩したり、暴言やら暴力(機嫌が悪いと、腕を噛んだり、強く握ったり、叩いたりします。)にかっとなることも、しばしば……。


家族や近しい人であるほど、まったく声を荒げないのは無理だし、もしかしたら理解してくれるかも!と希望を持って、叱ったり、注意してしまうこともあるんだと、身をもって実感する日々です。

最近は、それもそれで仕方ない!と切り替えることにして、介護についてのマインドを諭してくるタイプの助言はあまり見ないようにしています。

それぞれの人に合った介護のやり方、寄り添い方があるし、「声を荒げてはいけません。」なんて言われても、実際やってみると、かなり難しいです。


個人の意見ですが、そういうときに「いや、宇宙人なんで。」のマインドを持つの、結構おすすめです。

相手も自分も、異なる星の宇宙人だと思えたら、大抵のことは笑いに変えられるようになります。たぶん。

祖父も、私も、異星で生きてるだけでえらい……。


最後少しばかり迷走しましたが、今回もお付き合いいただき、ありがとうございました。

では、また。