悠悠自適なオタク生活

好きなことやどうでもいいことを書き綴る、ジャンル崩壊の趣味ブログ。

「おじいちゃんは宇宙人」(番外編・祖父の手帳)

こんにちは、悠です。

今回は、「おじいちゃんは宇宙人」シリーズ番外編はてなブログさんの今週のお題はてな手帳出しにまつわる、祖父の手帳のお話です。

「おじいちゃんは宇宙人」シリーズ、前回のお話はこちら。

banbi520.hatenablog.com


先日探しものをしていたら、テレビ台の下のひきだしから、祖父の昔の手帳が出てきました。

愛しさと、切なさと、懐かしさを感じつつ、なんだか気持ちがあたたかくなったので、書き残しておきたいと思います。

お時間のある方はぜひ。

几帳面でしっかり者の祖父

我が家の94歳の祖父は、認知症を発症する以前は、かなり几帳面な性格だった。 

電車の運転士駅長としての経験からか、時間にはめちゃくちゃ正確だし、何をやるにも、細部まで丁寧に確認する人で、そのこだわりは、認知症発症後も、時折発揮されている。


今回見つけた手帳にも、予定がびっしり書き込まれていて、私なんかよりもよっぽど使いこなしていた様子が垣間見える。




(個人情報保護のため、ぼかしあり。みっちり書き込まれた祖父の手帳。)

ゴミの日地域のイベント親戚たちから電話がかかってきた日など……とにかく事細かに記載されていて、その丁寧さに驚いた。

私や母からかかってきた電話について記載されていたり、一緒に買い物や病院に行ったことが記載されていたり。

手帳でもあり、日記帳でもあるそれは、私にとって宝物だ。


今の祖父は、私のことがわからない。

名前を呼んでくれることはないし、孫だと認識してくれることも、ほとんどない。

(ごく稀に、誘導すると思い出してくれることがありますが、またすぐに忘れてしまいます。慣れたとはいえ、正直、寂しさを感じることも多いです。)


そんな中で2人向き合っていると、時々ふと、言いようのない虚しさを感じることがあった。

でも、この手帳を見つけてからは、元気だった頃の祖父の姿を思い浮かべて、その虚しさを紛らわすことができるようになった。

虚しさがなくなることはないけれど、以前より随分と、祖父への感情が穏やかになった気がする。


偶然見つけた祖父の手帳は、私にとってとても大切な、お守りのような存在である。


手帳に残る優しい祖父の姿



(祖父の手帳の5月のページ。)

私の誕生日。
2016年の祖父の手帳にはこう記されていた。

「○○のたんじょうび。お祝いTELした。」

枠外には、「朝、TELしたが授業中であった。15時20分TELあり。」の文字。


ああ、そうだ。
たしか、1限の授業中にかかってきた電話に出られなくて、その日の授業が終わってから折り返したんだ……。


なんて、私自身も忘れていた記憶をぼんやりと思い出した。

・この翌年は、祖父が体調を崩してしまい、電話がかかってこなかったこと。
・さらに次の年からは、祖父に認知の症状が出始めて、私の誕生日を忘れてしまったこと。
この年が、祖父から電話で誕生日を祝ってもらった最後の年だったこと。

祖父と私の思い出が、こうして形に残っていることが嬉しかった。


祖父の手帳を見ると、誰とどこにご飯を食べに行ったのか何の目的でどこに買い物に行ったのか……など、何気ない日常の景色が浮かぶ。

タクシーに乗って行ったのか、散歩がてら歩いて行ったのか。
そんなことまでしっかり記載されていて、そのマメさに改めて驚いた。


時々、当時の芸能ニュースがメモ書きされているのも興味深い。


(祖父の手帳に記されていた渡瀬さん死去のニュース。)

自分の血圧と共に、渡瀬恒彦さん死去 72才」と日付入りで記載されていて、祖父にとっての衝撃の大きさが窺える。

他にも、朝ドラの始まった日が記載されていたり、近所でのあれこれが記載されていたり、祖父が何を見て、何を感じていたのかを、少しだけ共有できた気がして嬉しかった。


最後に

今回は、はてなブログさんの今週のお題に沿って、「おじいちゃんは宇宙人」シリーズの番外編をお届けしました。

私は、あまり手帳を使いこなせないタイプなので、最近は紙の手帳を買うこともなかったのですが、祖父の手帳を見て、自分もこんな風に使ってみたい!という気持ちになりました。


祖父とは今朝もバトルしましたし、相変わらず毎日大変ですが、この手帳をお守りに、一緒に過ごす日々を大切に生きていきたいと思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

では、また。